これがわたしの生きる道

より自由の高みを目指すアラカン日記

直観とわたし 

 

こんにちは、ひろみことです。

 

今日のお話は、真面目な自己開示です。

でも、受け入れられない方もいらっしゃると思います。

もしそうならば、そっとフェイドアウトしてくださいね。

無理にスターとか付けなくていいですから。

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今までもいくつか、直観について書いていますが、ちょっと意識が変わったので、改めて自分自身に関して書いてみようと思います。

 

 

ここ最近、自分のことを俯瞰して観ていました。

気づいたことは「普通になろう」としていたんだなってこと。

だから、何をやってもつまらない。ワクワクしない。上手くいかないんだと。

 

 

いや、自分が特別だと言っているわけではありません。至って普通の人間です。

自分の中でみんなと同じことを楽しめる普通の自分が普通だと思っていただけです。

 

 

でも、違った。

 

 

わたしは直観を使うことが普通なんです。直観に救われて、時々救われて、直感で生きています。目に見えない力をいつも感じて、その力と共にいること、それがわたしの普通だった。

 

それは例えば、毎日絵を描き続けても飽きない才能と同じことです。その方にとっては、描き続けることが普通ですもんね。

 

 

この歳になって、自分の個性をやっと堂々と口外できるようになったわけです。

 

 

他人からすれば、わたしの事などどうでもいいし、誰も気にしない。けど、今観じている事、視えている本当のことを話せば、遠い目や白い目、気の無い返事が返ってくる。確信がないことだから当然と言えば当然なリアクションですけど、寂しさと孤独がいつもありました。

 

 

正直なところ今までは、怖くて出来なかった。

 

 

だから、普通を装い、普通に勉学に励んで、普通に物事をこなし、普通に友達や家族と過ごすことを無意識に自分に課してきたのです。

 

 

このブログを「これがわたしの生きる道」としたのも、自分の生き様を誰かしらに何かしら伝えられたらとの思いを込めたから。

 

最初は意気込んでいたものの、わたしの思考は違う話題へ誘って行くんですね。逃げるように。

そして、書くのがつまらなくなる。その繰り返しです。

 

 

ところが、先日夫から「あなたは魔女だ!」と言われ、もう自分を誤魔化さなくても良い日が来たのかなと思いました。(魔女と言われた経緯はまた今度)

 

夫は、わたしの直観に対して以前から肯定的でしたが、半信半疑でもあったと思うんです。わたしとしては聞いてくれるだけで御の字でしたから、目に見えない力が働いていることを実感してくれたことで、初めて本当の自分を認められたようで嬉しかったです。

 

なので、その経緯や、今まであった諸々のことを隠し立てなく書くことを決心しました。

 

 

面白がってもらえれば幸いです。

 

 

 

声出しと心の関係

 

50歳を過ぎた頃から、チアダンスを8年間続けています。

こんにちは、ひろみことです。

 

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チアダンスご存知ですか? 映画の「チアダン」の世界です。

若くないのであそこまで飛び跳ねたりは出来ませんが、エアロビクスの中程度を2分~2分30秒踊る感じです。結構バクバクしちゃいます。

 

今はワンレッスン3時間のオフィシャルとワンレッスン1.5時間の一般クラスの両チームに所属しています。

 

 

ワタクシ、バリバリの体育会系やチームプレーは苦手なのですが、なぜかチアは続いています。

きっと、ただ練習するだけではなく、目標があるからだと思います。

 

ステージに立つ事や、たま〜にメディア出演があること。コスプレのようなミニスカの派手な衣装で非日常を楽しめる事。そして何よりも、チームが一丸となってひとつの目標へ向かう達成感ですね。

 

 

ところが、最近前ほど楽しいと思えない。

どして?。。。。。。

 

 

 

考えてみたら2020年の3月、自粛生活と共にマスク着用になった頃からだと。

 

 

チアは声と笑顔がセットで、声を出すことでタイミングを揃えたりモチベーションアップ、笑顔で相手も自分自身も勇気づける、踊れば踊るほど楽しくなる仕組み。

 

 

けれど、今はマスクをしていても声出し禁止です。

しかも無言で踊るので、つい笑顔も忘れ、呼吸のタイミングを逃して息を止めてしまう事が多々ある始末。結果、疲労感が半端ない。

 

さらに、マスクをし続けることによる、体力の低下が著しい。何だか、楽しいはずのチアが逆にストレスになってる?

 

 

 

自由に声が出せないだけで、鬱々としませんか?

 

様々な規制がかかっている世の中だけど、それだけじゃない、自由に声を出せないって、ものすごーくストレスなんですね。

 

声と心ってセットです。だって、声が小さい人、お腹の底から声を出せない人って、元気なかったりしますものね、健康だけの問題ではなく。ストレスが溜まると喉が詰まりますよね。呼吸も浅くなるから、声が出にくくなります。声って心の状態がわかりやすい。だから声が出ない状況を作ってしまえば、元気出なくなっちゃうんですね。

 

 

声を出すって、あまりにも当たり前のことだけれど、すごく重要なんだと改めて実感しています。

 

 

内側からグワッとエネルギーが湧いてくる感覚、何だろう体幹が振動するっていうのかな。人は身体全体を使って生きてるのがよくわかりますね。

 

 

もちろん、身体を動かすとか、美しいものを見て感動するとか、自分以外の存在と出会いコミュニケーションをとったり触れ合うことで刺激を受けたりするけれど、声出しは手っ取り早いセルフヒーリングでもあります。

 

 

そう思うと、今の世の中バランス悪すぎです。

 

インプットばかりで、声を吐き出すアウトプットが気持ち良く行われてない状態。怒鳴ったり否定的な言葉を相手に浴びせたり。正常に使われていないエネルギーは憂さ晴らしへと、ベクトルが向かいます。

 

 

そんなマイナスエネルギーに同調しないためにも、心地よく声出しして行きたいものです。

何よりも、日本も早くマスクが解禁となるよう、自主的に行動して行きたいですね。

 

 

 

不可能を可能にする生き方

 

奇跡のリンゴ」(木村秋則氏)のお話聞いたことありますか?

こんにちは、ひろみことです。

 

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lumix2004によるPixabayからの画像

 

おとといの朝方、ぼんやりまどろみの中で「奇跡のリンゴ」という言葉がリフレインしていることに気付きました。

「えっ?」と意識がはっきり目覚めたと同時に「ブチッ!」とスイッチが切れる音がしてリフレインは消えました。

 

一体なんだったんだろう?

気になったので、すぐ夢日記に記入し、検索して内容を確かめようとしたのですが、本を読んだ方が良さそうだったので一旦保留。

 

 

こういうサインは、結果を求めず、期待せず、行動に移すことが肝心です。

ということで、今日本を読みました。

『奇跡のリンゴ「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』(幻冬社文庫)

 

 

ずいぶん前に話題になっていたし、映画もヒットしていましたね。

なぜ今まで引っかからなかったのかわかりませんが、きっとこのタイミングで知るから良かったのでしょう。

 

 

簡単にあらすじをご紹介すると、無農薬栽培が不可能とされていたリンゴを、農薬に敏感な奥様のために無農薬で育てることに挑戦し、大変な年月と苦労の末、自然と共生するという方法で実現したというお話。

 

 

この「自然と共生する」というメッセージ、つい最近他の筋からも届いていました。

コメットハンター臨死体験者である木内鶴彦氏という方がいまして、この方も角度は違いますが、同じようなことを書かれていました。『生き方は星空が教えてくれる』(サンマーク文庫)

 

お二人に共通するのは、自分の信じた物事をとことん探求する行動力と集中力

この行動力がまた素晴らしい!

 

 

また、故・辻麻里子さん(作家・臨死体験者)の本にも「人類の使命は地球の庭師」という言葉が書かれていて、腑に落ちるような内容でした。

 

 

ワタクシたち人類は、何か不都合があるとその真相を確認したり、その構造を確かめようとするのではなく、簡単にスマートに排除することを選択します。

綺麗で大きなリンゴを流通させるためには、農薬を散布して虫がつかないように美しく育つようにと。そうやって、ワタクシたちは美しいリンゴをありがたく手に入れることができているわけです。

 

 

でも本質は、ワタクシたちの都合が中心なのではなく、リンゴを実らせるのはリンゴの木であり、そのリンゴの木は、形は違えどワタクシたち人類と同じく「生命」であること。その生命を通じて、リンゴという食べ物を手に入れられるわけで、決して自分たちだけでリンゴを生み出しているわけでは無いと語られています。

 

人類は、いつの間にか、自分たちのみが正しく、全てが自分たちのために存在していると勘違いし始めたんですね。

 

 

人類はあくまでも自然の一部で、宇宙の一部なのに。

 

 

生命(自然)の循環は、人類が考えているよりもはるかに壮大で、無駄がなく、命というルールに則って美しく設計され実行されている。それは、ワタクシたちの思考で考えるよりもずっと賢いやり方で。

 

 

木村氏は、今にも枯れそうなリンゴの木に、毎日毎日「花が咲かなくてもいい、実が成らなくてもいい、とにかく枯れないで」と木に話しかけたそうです。

 

最終的に、声を掛けた木々は持ち直して立派なリンゴを実らせ、声を掛けられなかった木々は、枯れてしまったそうです。

このことからも、植物はワタクシたちと何ら変わりのない愛を感じる「生命」であることを理解できます。

 

 

不可能を可能にする生き方とは、高度な知識やテクノロジーだけでは到底足りない。

 

人間が地球に生きている意味は、地球の大自然と共存し、自然の仕組みを理解し、我々も自然の一部となって、その循環の中で生きていくこと。そして、与えられた肉体と知恵を使って、より進化した文明を築いていくことなのだなと改めて思いした。

 

 

 

感染症に引き続き、露とウの戦争の報道も激化し殺伐とした世の中ですが、不可能を可能にする生き方のヒントは、大自然の中にあるかもしれません。

 

地球の住人が人類だけというおごりを手放して、自分たちの生き方がこの地球上全ての生命に繋がっている事を思い出した時、本当の解決策がもたらされるのかも知れないですね。

 

 

 

運が付いてる?

 

迷信ですげど、鳥のフンが頭の上に落ちたら運が付くって、聞いたことありませんか?

こんにちは、ひろみことです。

 

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確かに、万が一の確率で(?)頭頂に鳥のフンが落ちてきたことがあります。

その時運が付いたかどうか覚えていませんが、ここ2日続けて、車のフロントガラスの同じ場所に鳥のフンが落ちてきまして、これは何かのサインかも!思い、ワクワクしながら自分自身と向き合っているところです。

 

 

ちょうど昨日、YouTubeで「人生がときめく片づけの魔法」のこんまりさんこと、近藤麻理恵さんの動画を見ていて「小さなサインを見逃さない!」というお話があったんです。

 

youtu.be

 

その直後っていうのも、可笑しいですよね。

 

 

これ、すごく良くわかる。

直観も同様。

 

こんまりさんの場合は、ご主人の川原卓巳さんとお付き合いを始めたきっかけが、このサインからとのことでした。

 

サインは誰にでも来るけれど、それを受け入れるか否かは自由だし、その人自身の選択。そんなの信じないよって決めてしまえばそれまでです。

 

「だって、ただのこじつけでしょ?」

そう思われる方が大半だと思うんですよ。

 

 

でも実は、この目に見えない何かを感じて取り込むという姿勢が、自分自神との繋がりでもあると思うんです。

 

ワタクシの場合は、こう言った目に見える形でのサインはあまり多くないです。

 

 

どちらかと言うと、閃きとか、映像が思い浮かぶとか、夢の中で語られるなどが得意です。それでも、急に虹が出てGoサインだと分かったり、季節外れの蝶々が大丈夫だと伝えてきたり。

 

ちょっと前には、蛇がだら~んと伸びた状態でいきなり現れたり。もう、その時は、あり得ない場所でビックリして思わず電話してしまいましたが、ただの偶然と言ってしまえば、何の面白みもない日常ですが、誰もがここに存在するだけで価値があると言う考えを支持するなら、ワタクシはそんな偶然さえもサインだと思えてきます。

 

てか、その方が面白いでしょ、生きていく上で!

 

 

と言う事で、せっかく付いた運を活かせる方法を探ってみようと思います。

 

あっ、ちなみに運を上手く回している人は、目に見えない力のサポートがある事を理解している人が多いです。ワタクシの周りにいる経営者などは、そんなの当たり前くらいの勢いで話してくれますが、それはそれ。

もちろん依存していません。

 

そこが最も大事だったりしますよね。

 

 

考えるな、感じろ!

 

今朝はこんな言葉がグルグルと回っていました。

こんにちは、ひろみことです。

 

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つい余計なことに思考を巡らせて、頭の中であーでもない、こーでもないとこねくり回していました。

それを意識しすぎて続けてしまうと、心が病んでしまいますよね。

 

 

人は、もちろん考える葦ですが、感じる葦でもあると思うんです。

幸せって、感動したり、嬉しかったり、喜びが湧き上がったりと、思考云々より、ただそう思う、ただ感じる、説明できない内側からのブワッと来るエネルギーだったりしませんか。

 

今まさに、細かいことを気にしすぎて、自分がどうしたいのか、どう思っているのか、耳を澄ませて感じることをないがしろにしていたような気がします。

 

 

ああ、だからやる気が起きず、疲れが取れなかったんだ!

納得。。。。

 

 

 

きっと日本人は、肌で感じる季節感や、五感で感じる美しさなどが当たり前の中で育ってきているので、改めて「感じる」と言われてもピンと来ないかも知れません。

 

 

でも「感じる」ことって、大事ですよね。本当に。

言葉じゃないけど思い浮かぶ風景や物事。

そう言った「なんとなく」が重要だったりするんです。

 

その感覚を素直に行動することで、ストレス解消になったりします。

もちろん、結果を求めず、期待せずですけれどね。

 

 

直観的に閃いたことを行動に移すのが大好きなワタクシは、ひとりでふらりと旅することも大好きなのですが、如何せんまだ移動には制限がかかっていますから、それだけでも息苦しさマックスです。

 

もう慣れてしまったのかも知れませんが、実はものすごいストレスフルなんだと思います。

 

 

考えるな、感じろ!

 

そう。頭だけじゃなく身体を動かすこと、行動すること、感覚を使うこと。

今の生活に絶対的に足りていないものかも知れません。

 

 

リモートワークや、自粛生活。

思っている以上に気疲れしているワタクシたち。

 

 

頭だけじゃなく、感じること、大事にしたいですね。